顕微鏡観察したいサンプルの特定部位に色を付けて見やすくするために使用する、色素が含まれた液体のことを「染色液」といいます。
染色液の種類によって色や、色がつく部位が異なるため、何を観察したいかによって染色液をうまく使い分けることが大切です。
ここでは顕微鏡観察に使用される代表的な染色液とその特徴、入手方法や保管上の注意点を見ていきましょう。
代表的な染色液とその特徴
酢酸カーミン(アセトカーミン)
熱帯地方に生息するエンジムシ(カイガラムシ)という昆虫から抽出した色素を酢酸で溶かした赤色の染色液。酢酸が入っているため固定作用もある。塩基性色素で細胞の核や染色体を選択的に着色する。中学理科・高校生物の実習(体細胞分裂や減数分裂の観察)でも用いられる。
酢酸オルセイン
地衣類から色素成分を抽出、酢酸に溶かした染色液。塩基性色素で細胞の核や染色体を染色する。酢酸が含まれているため固定作用も有する。酢酸カーミン同様に中学理科・高校生物の実習にも出てくる代表的な染色液。
酢酸ダーリア
紫色の染色液で酢酸カーミンや酢酸オルセイン同様に細胞の核や染色体を選択的に染色する。
エオジン
赤色の酸性色素。病理組織観察の基本的染色法であるエオジン・ヘマトキシリン染色法(HE染色法)で使用される代表的な染色液の1つ。エオジンは動物の核を除く組織(細胞質、細胞間質や赤血球など)を淡赤色に染色する。
ニュートラルレッド
生細胞にのみ細胞内のリソソームに取り込まれることから、生細胞と死細胞の判別や、ゾウリムシなどの原生動物や動植物プランクトン、血液等の生体染色に用いられる。
サフラニン
核や核小体(仁)を赤く染める染色液。グラム染色では対比染色(グラム陰性菌の染色等)に用いられる。植物の木質組織、細胞壁などを赤色に染色する。
ゲンチアナバイオレット
グラム陽性菌の染色に用いられる紫色の染色液。グラム染色ではゲンチアナバイオレットなどですべての細菌を紫色に染色し、ルゴール液などのヨウ素系媒染剤で色素を定着させたのち、アルコールによる脱色処理を行う。グラム陰性菌の場合は細胞壁が薄いため、アルコール脱色処理でゲンチアナバイオレット色素は抜けてゆくが、細胞壁の厚いグラム陽性菌は細胞内に色素が留まるため、グラム陽性菌を選択的に観察できる。
メチレンブルー
動物の細胞核、細菌類、液胞などを染色する青色の塩基性色素。代表的な血液染色法であるギムザ染色で用いられる染色液の1つ。
生きている細胞は細胞内の酸化還元酵素により無色のロイコンブルーに還元されるため、生細胞と死細胞の判別に用いられる。
メチレンブルーで生細胞を確実に染色するには、固定して死細胞にしてから染色する必要がある。
ヤヌスグリーン
緑色の染色液。ミトコンドリアを青緑色に染色する。
ヤヌスグリーンは酸化により青緑色に発色する。生細胞のミトコンドリアにはシトクロムC酸化酵素があり、この酵素の働きでヤヌスグリーンが酸化され青緑色に染色される。一方、死細胞のミトコンドリアは酵素が働かないため染色されない。
TTC溶液
2,3,5-Triphenyl tetrazolium chloride(2,3,5-トリフェニルテトラゾリウムクロライド)の頭文字をとってTTC溶液と呼んでいる。ミトコンドリアを赤色に染色する。
ミトコンドリア内にあるコハク酸脱水素酵素の働きで、TTCが赤色のTPF(1,3,5-トリフェニルホルマザン)という物質に変化し、赤色に染色される。ヤヌスグリーンと同様、生細胞は染色されるが、死細胞のミトコンドリアは酵素が働かないため染色されない。
ヘマトキシリン
青紫色の塩基性色素。病理組織観察の基本的染色法であるエオジン・ヘマトキシリン染色法(HE染色法)で使用される代表的な染色液である。ヘマトキシリンは動物の核を青色に染色する。
ビスマークブラウン
細胞膜などを茶色に染色する。
ヨウ化カリウム、ヨウ素液
デンプンを青紫色に染色する。
染色液の調達方法
染色液の調達方法は、色素を購入して自ら調製する場合と、調整済の染色液キットを購入する場合の2通りあります。趣味や自由研究用途では染色液キットを入手されることをおすすめします。
染色液を自ら調製する場合
研究所での研究に使用する染色液は必要に応じて都度調製しています。
具体的には試薬メーカーから色素を購入し、蒸留水や酢酸などの溶媒に溶解、必要に応じてメンブレンフィルター等を用いた精密ろ過処理を行っています。自分で調合すれば、サンプルに合わせて最適な色素濃度や溶媒種類を調節することができるからです。
また、作りたての染色液は色素の溶媒への溶解性・分散性が良いので、細部まで染まりやすく良好な観察結果を得やすいです。
染色液キットを購入する場合
しかしながら、趣味の顕微鏡観察や自由研究では、手間や安全性、コスト面から、染色液のキットを購入されることをおすすめします。わたしも実際に当サイトで紹介している趣味の顕微鏡観察では、購入した染色液キットを主に使用しています。
染色液キットは、教材メーカーや顕微鏡メーカーなどの複数社から販売されており、ネットショップ等で入手が可能です。ここでは代表的な染色液キットを3点ほど紹介します。
染色液5種セット(ナリカ)
教育理科機器の製造販売メーカー、ナリカ(rika.com)の染色液セット。各10ml、5種類。
・ヘマトキシリン
・エオシン
・サフラニン
・ビスマークブラウン
・メチレンブルー
ビクセン染色液基本セット(ビクセン)
顕微鏡メーカーのビクセン(vixen.co.jp)から販売されている染色液セット。4種類、各10ml。収納ケースとスポイドが付属しています。
・エオシンY
・メチレンブルー
・サフラニンO
・アセトカーミン
プレパラート染色液セット6種(内田洋行)
オフィス家具、教育機器の製造販売メーカー、内田洋行(uchida.co.jp)の染色液セット。各10ml、6種類。
・サフラニン
・エオシン
・ゲンチアナバイオレット
・メチレンブルー
・ヘマトキシリン
・ビスマークブラウン
各社とも10mlの少量パックになっています。10mlだとなんとなく物足りないと思うかもしれませんが、趣味や自由研究で使用するには十分な量でしょう。容器から出る1滴の量をおよそ0.05mlと仮定※1すると、200滴くらいは滴下できる計算になります。染色液は古くなると本来の性能を発揮しなくなる※2ものが多いので、少量に分けて新しいのを購入した方が得策です。
ちなみにわたしがいま使用しているのは、内田洋行さんの染色液キットです。6種類と種類が多いのに安価でコスパが高いので、もう何回もリピート購入しています(笑)。
あとは単品になりますが、アセトカーミン(酢酸カーミン)をネットで購入しています。こちらも内田洋行さんの商品です。10mlのサイズが売っていないかとあれこれ探してみたのですが、わたしが見つけた中では25mlが最小サイズでした。(もし10mlの商品を御存知の方おられましたらご教示いただけましたら幸いです)
染色液の保存方法
染色液に用いられている有機色素は光に弱く、強い光に長期間当たると色素が分解し退色していきます。また、温度が高くなるような場所に長期間放置しても、分解が促進したり、沈殿を生じやすくなります。
なので染色液を長期間保管する場合は、冷暗所に保管するのが望ましいです。
どうしても光の当たる場所に保管せざるを得ない場合は、瓶をアルミホイルなどで包んで遮光すると良いでしょう。
《脚注》
※1 点眼薬|慶應義塾大学病院ウェブサイト
「通常の点眼瓶からの1滴の容量は、普通では約40~50μL(0.04~0.05mL)」
…点眼薬ではありませんが、点眼薬と同じタイプの容器を使用しているため、1滴の量はほぼ同じと推定しました。
※2 染色液が古くなると色素が凝集、沈殿する場合があり、染色液の濃度が薄くなったり、沈殿物が観察の妨げになる場合があります。